Mind1:15年目のメッセージ

★傾向:現代/恋愛/ファンタジー

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「あんたが蓮池慎矢か?」
  病院の屋上でフェンスにもたれる僕に見慣れない若者が声を掛けてきた。
  黒い帽子を深くかぶっているので顔はよく見えないが、背格好と雰囲気から考えて恐らく二十前後の少年だろう。
  白衣を纏った僕とは対照的に、少年は黒で統一された制服に身を包んでいる。
  特徴的な制服のデザインと帽子の形、そして腕章に刺繍された郵便局のお馴染みのマーク。
  少年は郵便局員なのだろうか。それにしては随分と変わった服装だ。
「何かお届け物ですか?」と尋ねると、少年は笑って頷いた。
  コウと名乗った少年は自らをメッセンジャーと称し、「メッセージを預かっている」と僕に告げた。
  メッセンジャーというと、都市部を自転車で走り回って手紙や小さな荷物を届ける人達のことだろうか。彼らはもっとラフな服装だったような気もするが……。
「あんたは今、心が折れている。そうだろ?」
  コウは直球で問いかける。
  無遠慮な質問だと思いつつも、反論せず無言でコウを見た。
  彼の言う通り僕は医者の無力さを思い知らされ、心が折れてしまったのだ。


  午前11時20分。
  心電図の波形は平坦となり、甲高い電子音が病室に虚しく響き渡った。
「ご臨終です」
  たった今、担当していた末期の癌患者が亡くなった。
  わずか17歳の少女であった。
  僕は少女の死を一患者の死として受け止められずにいた。
  かつての親友、神崎昂奈(あきな)の死とあまりにも酷似していたからだ。
  もう15年も前のことだ。
  彼女もまた、癌によってこの世を去った。
  男勝りな性格であったが、誰よりも真っ直ぐで飾らない心を持っていた昂奈。
  僕はそんな彼女に強い憧れと密かな恋心を抱いていた。
  友情以上、恋人未満……そんな関係。
  結局最後まで己の気持ちを告げることが出来ず、彼女は手の届かない所まで逝ってしまった。
  医者となる道を選んだのは必然だった。昂奈のような境遇に置かれた人達を救いたい。そんな思いで我武者羅に勉強して貪欲に知識と技術を吸収していった。
  しかし、現実は想像以上に残酷で無慈悲であった。
  どんなに手を尽くしても、救える命には限りがある。
  何人もの患者を看取る度に医者の非力さを思い知らされた。


「あんた宛のメッセージを今から再生する」
  メッセージを再生。その言葉の意味を図りかねて困惑する僕を尻目に、コウは白い手袋を外し、右手を高く掲げた。
「宛先、蓮池慎矢。配達希望日時、宛先人の心が折れた時。……差出人、神崎昂奈」
  驚きの声を上げる間もなく、コウは指を鳴らす。
  歯車の軋むような音と共に、波に揺られたような奇妙な感覚が身体を通り抜けた。


  晴れ渡った秋空が暗転し、空間が捻じ曲がる。
  目前の世界はその形を変え、僕は暖かな夕日に満ちた病室に立たされていた。
  奇妙な浮遊感から我に返った時、逆光の中に佇む人影に気が付いた。
  そこに立っていたのはコウではなかった。
  まさか、という思いで人影を凝視する。
  艶のある長い黒髪に切れ長の凛々しい目。そして悪戯な笑みを浮かべた口元。
  その姿は紛れもなく15年前に亡くなった親友、神崎昂奈であった。
「慎矢。久し振り……でいいのか? 元気でやってる?」
  昂奈は爽やかな笑みを浮かべながら僕の方を見た。
「死に際にメッセンジャーがやってきたんだ。私の『思い』を望み通りに届けてくれるっていうから……あんたにメッセージを送ってやろうと思ってね」
  黒い服を着ているから死神が迎えに来たのだと勘違いした……彼女はそう言って笑う。
  言葉遣いはあの頃と変わらず乱暴だったが、ところどころに彼女の包み込むような優しさが見え隠れしていた。僕は思わず微笑んだ。
「これが届いているってことは……何か大きな壁にぶち当たったのか?」
  悲しみをたたえた瞳をこちらに向け、昂奈は一歩前へと進む。
  僕は唯、再生されていく彼女の様子を黙って見ていた。
「あたし……あんたがひたむきに努力する姿に憧れていたんだ」
  顔をうっすらと桃色に染め、視線を明後日の方へと向けながら言う。
  彼女が恥ずかしげに告白する様子に僕の胸の鼓動が大きく波打った。
「ずっと……心配だった。あんたのその真っ直ぐな心がいつか壊れてしまうんじゃないかって」
  儚くも美しい微笑み。泣き出しそうな彼女に僕の心は揺らぐ。
  昂奈は更に歩み寄る。
  彼女は俯いて大きく深呼吸した後、勢い良く顔を上げて叫んだ。
「気張れよ、慎矢!! あたしら負けず嫌いだろ?!
とことんやってみろ!! あんたのこと、あの世で応援してる!!」
  彼女の激励が絶望という闇に沈んでしまった僕の心に光を与える。
  そうだ。僕達はどんな逆境も持ち前の負けず嫌い精神で乗り切ってきた。
  昂奈は癌に侵され既に手遅れであると知っても尚、最後まで自分を見失わずに『昂奈』で在り続けた。
  あの時僕は誓ったのだ。
  どんなことがあっても、医者になることを諦めず、一人でも多くの命を救おうと。
  今ここで医者でいることを辞めてしまったら、どうなる?
  あの時の誓いは全て嘘になってしまう。
  ここで立ち止まるわけにはいかないんだ。
  次第におぼろげになっていく風景。
  崩れかけた世界で昂奈はからかうような笑みを浮かべていた。
「あんたのこと、ずっと好きだった!!」


  昂奈の最期の言葉と歯車の軋むような音が混じり合い、現実世界へと引き戻された。
  見慣れた病院の屋上に、正面にはコウの姿。
「友の声は届いたか――……?」
  コウは静かに問う。
  僕は力強くうなずいた。
  ゆっくりと微笑を浮かべ、真っ直ぐコウの目を見詰める。
「メッセンジャーは自分のメッセージも運ぶのか?」
  一瞬の沈黙。
「たまたまさ。偶然ってのは恐ろしいね」
  取り払われた帽子から、長い髪が滑り落ちる。
  艶のある黒髪から覗く、切れ長の凛々しい目。
  コウ(昂)は15年前と変わらぬ笑顔を浮かべていた。

END.

UP:09/01/08  最終修正日:11/09/11

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