ANCHOR 【CASE7:森に住まう少女】(1/1P)


  アンカー本部の拠点である首都キリアから馬車を乗り継ぐこと三時間。
  のどかな村を突き抜けた先に続く林道をリガードとフェイスは歩いていた。

  「今回の任務は能力者の協力要請と首都までの護送か」

  事務員に手渡された依頼書をめくりながらリガードは呟いた。
  隣を歩くフェイスは額に手を当てて何やら考え事をしているようだ。
  「どうした?」とリガードが声をかけると、フェイスはリガードの手から依頼書を摘まみ上げて、 パラパラとページをめくり始めた。

  「この依頼、リーダーと医療機関(ホワイトコート)のトップが連名で出してるだろ? 一筋縄ではいかないだろうな」

  確かに、とリガードも思う。
  依頼書によるとクレンズという名の少女は並外れた治癒の能力を持ち、医療機関(ホワイトコート)を創立した 一族によって厳重に保護されているらしい。
  数年前、政府の権力争いに利用されかけて、護衛と共にこの遠方の地へ逃れたそうだ。
  政府内の抗争が落ち着いた旨を伝え、少女クレンズを再び医療機関(ホワイトコート)へ呼び戻し、首都へ連れてくる――。それが今回の任務だ。
  クレンズは森の奥深くに住み、会うためには特別な案内人を介さなければならないようだ。
  しばらく歩くと林道が途切れ、深い森が広がる。林道と森の境目に、ローブを身にまとった二つの人姿があった。

  「許可証をお持ちですか?」

  ローブを身にまとった人物は優しく澄んだ声で尋ねる。
  フェイスは依頼書の入った封筒から一枚の紙を取り出し、提示する。
  それを確認してニコリと笑う。

  「リガードさん、フェイスさん、お待ちしておりました。私達が案内人です。どうぞ、こちらへ」

  背の低い方の案内人が先導し、リガードとフェイスの後ろを背の高い案内人が付いていく。恐らく監視されているのだろう。
  前を歩く案内人は森の木々に阻まれた道なき道を進んでいく。
  リガードはそれとなく道順を覚えてみようと思ったが、すぐに無理だと悟る。
  生い茂った木々によってあまりにも見通しが悪く、木々の立ち方や景色に特徴もない。そして昼近くだというのに薄暗い。 「迷いの森」と称された所以が嫌というほど伝わってきた。
  「どれ位で着くのか?」とリガードは案内人に問いかけたが、「ルートによって異なります」とはぐらかされた。場所を特定されないように明言は避けているのだろう。
  とにかく行く道は険しく、歩きづらいのもあって、疲労感が募っていくばかり。
  あとどれ位歩けばいいのか見通しが立たないのもあって、精神的にもこたえる。
  後ろを歩くフェイスから「大丈夫か?」と声をかけられたが、「何とか」と答えるので精いっぱいだった。
  何度目かわからない心のため息をついた時、森の中に日が差し込んだ。
  木々の群れが途切れ、目の前には高い柵があった。その奥に大きな屋敷が見える。やっと目的地に着いたようだ。
  門の前に立つ兵士に案内人が何かをかざすと門が開かれ中へと通された。
  よく手入れされた庭には様々な花が咲き誇っている。
  案内人がドアノッカーで扉を叩いてすぐに、内側から勢いよく扉が開かれた。
  そこから一人の少女が飛び出してくる。
  そして一目散にリガードの元へと駆け出した。

  「アイリーン!」

  胸元に感じる重み。そして目の前には笑顔全開の少女の顔。
  そこでやっと自分が見知らぬ少女に力いっぱい抱きしめられているのだと気付いた。
  横に立つフェイスは何があったのかと目を大きく見開いている。
  案内人の二人も動揺して顔を見合わせ、開け放たれた扉の前に立つ使用人と思われる男女も驚いた顔でこちらを見ている。
  とりあえず、一つ訂正しなくては。とリガードは我に返った。

  「アイリーンは……俺の母です」



■■■■■



  「突然抱きついてしまって……本当にごめんなさい……」

  案内された大きな客間。テーブルの向かい側に座った少女クレンズは顔を真っ赤に染め、何度も頭を下げた。
  母に間違えられることは何度かあったが、ここまで大胆に間違われたのは初めての経験だ。
  「気にしないで下さい」と笑いかけると、クレンズは照れたように笑う。
  和やかな雰囲気を打ち破るかのように、何だか痛いほどの視線を感じる。
  クレンズの左隣に座る髪の長い護衛の男性、ラルフが目を細めて威嚇していた。
  何か悪いことしたかな……?と気にはなったが、ラルフは何も言わないので気付かないフリをした。

  「アイリーンは私の大切なお友達。一緒にお仕事もしてたの。リガードさん、本当にアイリーンによく似てる」

  どこか懐かしむように、そして嬉しそうにクレンズはリガードを見つめる。
  きっと俺と母の姿を重ねているのだろう、とリガードは思う。
  リガードと母アイリーンは双子なのでは?と勘違いされる程、よく似ている。
  能力者はある一定の年齢に達すると外見年齢がほとんど変化しなくなる。
  その為、共に能力者である自分と母は同い年位に見えるらしい。
  違うのは髪型と目の色位だと周りからよく言われている。

  「アイリーンの息子にアンカーのリーダーの息子かぁ。信頼できる者を派遣すると言ってたけど、なるほどねぇ」

  クレンズの右隣に座る護衛の女性、ゾーイがボブカットの短い髪を揺らし、リガードとフェイスを交互に見る。

  「医療機関(ホワイトコート)は本気でクレンズに戻ってきてほしいんだね、ラルフ?」

  ゾーイがラルフに笑いかけると、ラルフは一層険しい顔になってリガードとフェイスを睨む。
  ラルフの険悪な様子にクレンズは困ったような表情で視線を泳がせている。

  「俺はクレンズを首都に戻すのは反対だ」

  ラルフが低くうなるように言葉を紡ぐ。
  リガードとフェイスに対する敵意を隠そうとせず、冷ややかな視線を向ける。

  「クレンズの『癒し』の力を利用しようと企む奴らがまた出てくるかもしれない」

  「かも、だろ? だからといっていつまでもクレンズをこの屋敷に閉じ込めておくのは……」

  「それだけじゃない。病める者は皆、クレンズの力を求める。 クレンズは優しい。彼らに応えようとして、能力を使い過ぎて体調を崩すこともある。 彼らはそんなこともお構いなしだ」

  「そんな奴らばかりじゃないだろ? そういうのも含めてクレンズを守るのが私らの役目。 あんたの医師としての技術もクレンズの助けになっている」

  「……今の医療機関(ホワイトコート)が信用ならん」

  「当たり前だろ! ここへ閉じこもって誰とも交流持たないんだから」

  ラルフとゾーイはクレンズを挟んで押し問答を繰り返す。
  互いにクレンズを想っての主張であるが、当のクレンズは何も言えず、ただ下を向いている。
  何かに耐えるようなとても悲しげな顔をしている。
  ――このままではダメだ。

  「クレンズさん。あなたはどうお考えですか?」

  リガードの言葉に、クレンズが驚いたように顔を上げ、ラルフとゾーイの言い合いも止まる。

  「私……?」

  クレンズが辛うじて小さく呟く。えっと、その……としどろもどろになりながら、助けを乞うようにリガードへと視線を向けた。

  「クレンズさんが自分の能力をどう使っていくか。それはクレンズさん自身で決めていいと思います。 積極的に生かす人もいれば、使わずにいる人もいます。 人それぞれです。自由に決めていいんです」

  「犯罪に使うのはダメだけどな」とフェイスが補足を入れ、リガードが指でバツ印を作ると、クレンズがくすりと笑った。

  「医療機関(ホワイトコート)に協力するかどうかもクレンズさん自身で決めた方がいいと思います。 クレンズさんの意思に沿うように調整するのが俺達アンカーの役目です。 まずはクレンズさんの考えを聞かせて下さいませんか?」

  リガードが柔らかく微笑むとクレンズはしばし下を向いて沈黙し、それから勢いよくリガードとフェイスを見た。

  「私……! 皆の役に立ちたいんです!」

  大きな緑色の瞳が涙で少し潤む。
  唇を震わせ、一つ一つの言葉を絞り出すようにこぼしていく。

  「私、能力者になってから、十六年ごとに睡眠と覚醒を繰り返しているんです。 十六年経って目覚めた時、自分一人だけ取り残された気分になる。 でも不思議と医療機関(ホワイトコート)での仕事に戻ると、かつての仲間がいて、新しい人に出会って、 私の力を必要としてくれる人がいて。また目が覚めて良かったなって思えるの」

  あふれる気持ちを押さえつけるように弱々しい微笑みを見せて、静かにリガードを見つめる。
  強大な力と十六年周期で訪れる睡眠と覚醒の繰り返し。その特殊な状況下から聖女と称され、厳重に保護されているクレンズ。
  それ故、世間から切り離されてしまう彼女は、医療機関(ホワイトコート)での繋がりがとても重要な意味を持つのだろう。

  「ラルフとゾーイが変わらずにいてくれる。それだけで十分なはずなのに。私、わがままなのかな」

  再びうつむいてしまったクレンズをラルフとゾーイが気づかわしげに見つめている。
  クレンズの思いを聞いた二人はしばらく何も言えずにいた。
  ゾーイが不意にくすりと笑い、「ラルフ」と名を呼んだ。
  ラルフは額に手を当て、深いため息をつく。
  そして、クレンズの頭に優しく手を乗せた。

  「クレンズ。君の思うとおりに決めればいい。我らはそれに従おう」

  ラルフの吹っ切れた微笑みにクレンズが「ありがとう!」と元気よく答えた。
  ゾーイとそしてリガードとフェイスを見て、クレンズは手を合わせた。

  「私、首都に行きます!」



■■■■■



  クレンズ達を連れて首都キリアへ戻った時にはもう日が落ち、夜を迎えていた。
  キリア郊外に位置する大きな屋敷。医療機関(ホワイトコート)の所有地であるその屋敷で彼女達は暮らすそうだ。
  しばらくして生活が落ち着いたら、医療機関(ホワイトコート)で仕事を始めるという。
  別れ際、リガードとフェイスにクレンズがある願いを口にした。

  「なぁ、フェイス」

  「何だ?」

  「クレンズ、甘いもの好きかなぁ?」

  「好きそうなイメージはあるな」

  「どこのお菓子買っていこうかな?」

  「ずっと森に閉じこもっていたんだ。最近話題の菓子とか喜ぶんじゃないか?」

  「なるほど! それなら……」

  街灯に照らされた暗い道を歩きながら、リガードとフェイスのお菓子談義は続く。
  「友達になってほしい」
  森に閉じこもっていた少女が口にした、ささやかな願い。
  次回クレンズに会う時は、その願いを叶えるための第一歩だ。
  その第一歩にふさわしいお菓子が決定するのに、もうしばらく時間がかかりそうだ。


UP:2017/09/18

7話人物紹介

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